西の都 装飾
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ほうまんざん

所在地 筑紫野市・太宰府市
指定等の状況 国史跡
エンブレム

大宰府の北東にそびえる標高829mの山で、古くは御笠山と呼ばれ、美しい山容を誇ります。奈良時代より山中で国家的国境祭祀が行われました。最澄は入唐の際にここで薬師仏を彫り航海安全を祈願したと記録され、帰朝後は日本六所宝塔を発願し、ここに安西塔が建立されました。中世には寺院や大宰府守護の館がおかれ海外交易なども行っていました。現在は竈門神社の社地となり、古代祭祀の山の風情を伝えています。

宝満山は標高829mの山を頂点とし、山頂に竈門神社の上宮、八合目の平坦地に中宮跡(標高725m)、そして麓に竈門神社下宮(標高175m)が鎮座しています。古くは竈門山とも呼ばれ、803年に最澄が唐への渡海の安全を願い、竈門山寺に薬師仏を造ったと伝えています。最後の遣唐使として唐に留学した円仁も、847年に帰国した際、大山寺(竈門山寺)で経を読むなど、命がけの渡海の平安に対する祈りを捧げる場でした。現在、下宮に向かう参道脇の下宮礎石群と呼ばれる建物跡は、竈門山寺の中心的な建物の跡と考えられています。山頂からは博多湾や玄界灘まで見渡せ、岩塊の周辺からは奈良三彩の壺、貨幣、滑石製品などの祭祀品が出土し、大陸への遣唐使派遣に関わる国家祭祀などが行われたと考えられています。

筑紫野市キャラクター/
つくしちゃん

宝満山は古来より「祈りの山」といわれ、今も人々の心の拠り所になっています。竈門神社から上宮へ向かう登拝道を登りきると、鎮座した上宮と広い空、眼下に広がる平野、巨岩に迎えられます。露出した岩々から平地とは異なる雰囲気を感じ、自然と厳かな気持ちになります。国家の安寧や航海の安全など、多くの祈りが捧げられた場を体感することができます。

太宰府市キャラクター/
旅人のたびと・おとものタビット・
れいわ姫

宝満山は、春には桜、秋には紅葉が彩る美しい山で、『枕草子』を記した清少納言の実父・清原元輔も、「春は萌え 秋は焦がるる かまど山・・」と和歌を詠んでいます。
注目は、竈門神社。1000年を越える歴史をもつ古い神社ですが、現代アートを備えた社務所が建ち、縁結びの神として、また『鬼滅の刃』ブームも相まって、人気スポットとなっています。

竈門神社:
〒818-0115 福岡県太宰府市内山883

西鉄太宰府駅から徒歩約40分

九州自動車道太宰府ICから約20分
九州自動車道筑紫野ICから約25分

古代日本の「西の都」 イメージ画像

1300年前、筑紫の地に誕生した「西の都」。東アジアに華開いた壮大な国際交流都市のストーリーは、福岡県筑紫野市・春日市・大野城市・太宰府市・那珂川市・宇美町、佐賀県基山町に広がっています。